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四谷キャンパスの学習院初等科正堂向かって右側に、
「学習院」と書かれた額が掲げられています。

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(写真)学習院初等科正堂

学習院の歴史は、1847(弘化4 )年、
公家の教育機関として京都に設置された学問所にはじまります。
その2年後の1849(嘉永2 )年、
時の孝明天皇より「学習院」の勅額を下賜され、校名が定まりました。

京都学習院廃止後の1877年(明治10年)、
東京・神田錦町に設立された華族学校にこの額が改めて下賜され、
再び「学習院」の校名を採用、現在に至ります。

学習院は現在、この勅額を3点所蔵しています。

1つめは目白の大学史料館収蔵庫で保管する「原本」と伝えられる額、
2つめは上記、四谷の初等科正堂に掲げられている額、
3つめは1997(平成9 )年に、
京都開講150周年を記念して製作された目白の「原本」の額のレプリカで、
学習院百周年記念会館に展示されています。

このうち、史料館所蔵の勅額と初等科の勅額を見比べると、
初等科の額は長年正堂に掲げられているため、
劣化や汚れが目立っています。
また、「学習院」の文字を囲む装飾も異なっていることがわかります。

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(写真)左:史料館収蔵の勅額  右:初等科の勅額

史料館所蔵の勅額は、
1849(嘉永2 )年および1877(明治10 )年の
開校時に下賜された「原本」と伝えられ、
1915(大正4 )年に刊行された写真帖『大礼奉献学習院写真』にも、
「孝明天皇勅額」として掲載されています。

ところが、神田錦町時代(明治10~19年)の
校舎写真にある勅額を拡大してみたところ、「学習院」の文字を囲む文様が、
現在初等科にある額と類似していることがわかりました。

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(写真)神田錦町時代の校舎に掲げられていた勅額

もしこの額が、初等科に掲げられている額と同じものであれば、
仮に複製だとしても140年近い歴史をもつことになります。

しかし、学習院の沿革史である『開校五十年記念 学習院史』や『学習院百年史』には、
勅額の複製に関する記述はありません。

学習院アーカイブズに残されている公文書や日誌にも複製の記録はなく、
1943(昭和18 )年に当時の山梨勝之進院長の指示で、
初等科の勅額の補修を行ったという記録が残っているのみです。

この補修からもすでに70年以上が経過し、汚れや傷みが目立ってきていることから、
初等科、学習院アーカイブズ、大学史料館が協力して、
今年7月、勅額の修復プロジェクトが始まりました。

製作年代や経緯などついてさらなる調査を行うとともに、
この勅額を今後も長く保存していくために、どのような補修を施すか、
検討が行われています。

学習院公式ブログでは、このプロジェクトの進行を連載企画として、
今後も随時レポートしていきます。


学習院初等科のホームページはこちらから
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学習院大学史料館のホームページはこちらから

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